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脱毛エステがいっぱい得られる

インターフェイスの出来不出来は、道具の使い勝手を左右する最も肝心な条件といえる。
むかしからよくいわれていることだが、「ビデオデッキの留守録ができない」とか「銀行のATMでお金を振り込む操作が難しい」といったハイテク装置に対する不平不満は、まさにインターフェイスの問題だといえるだろう。
こうした不満は、たいていの場合、当人たちの「自分は機械オンチだから」という思いにつながっていることが多い。
しかし実際には、その道具のインターフェイスの悪さに起因している場合がほとんどだ。
人と道具の関係を改善する優れたインターフェイスをつくることは、これからの情報デザインにとって見逃すことのできないテーマなのである。
「呪文」からマウスへ、そして「情報をあやつる道具」としてのパソコンを例にとりながら、もう少しインターフェイスの問題点を考えてみよう。
十数年ほど前、一部の先進的な機種を除くとパソコンのインターフェイスは、呪文のようなコマンド(命令文)を打ち込むものがほとんどだった。
当然、それを使いこなせる人もかぎられていた。
一九八四年に登場したアップルコンピュータ社の「マッキントッシュ」は、コマンド型のインターフェイスに代わる革新的なスタイルをしめした。
画面のなかに置かれたアイコンをマウスでクリックしたり、画面上にあるメニューを引き下げる、といった方法で操作するマッキントッシュのインターフェイスは、「GUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェイス)」と呼ばれ、その後、マイクロソフト社のウィンドウズもこの流れを踏襲して、コンピュータにおけるインターフェイスの主流となっていった。
GUIはマッキントッシュの登場で一般的になったが、それが発明されたのは一九六〇年代にさかのぼる。
マウスやウィンドウ型の画面表示など、GUIを構成する要素のほとんどを考え出したのは、ダグラス・エンゲルバートという人物で、彼が六〇年代未に手掛けた一連の発明が、その後のパソコンの進化に大きな影響を与えたのだった。
ともあれ、GUIの浸透によって、コンピュータのなかに保存されている情報の「居場所」がアイコンというかたちでしめされるようになるなど、人がデジタルな情報を直感的に扱える環境が生まれ、それまでのコマンド型のインターフェイスに比べれば飛躍的に使い勝手は高まったわけだ。
とはいえ、GUIにも問題は多い。
GUIにかぎらずこれまでの情報機器のインターフェイス・デザインは、ディスプレイの内側に現実を模した仮想の空間をつくり込み、そのなかだけで情報を扱うようにする方向といえる。
パソコンのGUIを例にとるなら、「デスクトップ・メタファー」と呼ばれるように、画面そのものを仮想の机に見立てて、その上に書類を置いたり、それを広げたりするようにして情報をあつかえるようにしてきたわけである。
しかし、いうまでもないことだが、パソコンの画面は机そのものではない。
作業に使いねると混乱してきてしまう。
マウスは、クリックやダブルクリック、ドラッグというように単純化された方法でデジタル情報を扱えるすぐれた発明ではあるが、複雑で多様なソフトウェアの機能を使いこなせるようになるには、ある程度時間がかかる。
パッと見て誰もがすぐ使えるようになるわけではない。
GUIを構成するWIMP(ウィンドウ、アイコン、メニュー、ポインティング・デバイス)といった具体的な構成要素は、いったんそのルールを覚えてしまえば、ある程度気軽に情報をあつかうことができるようになるとはいえ、その前のハードルはそれなりに高いのだ。
コマンド型のインターフェイスに比べて、GUIは格段にわかりやすくなったけれど、それでもディスプレイのなかの情報をあつかう「作法」は現実の世界とは違う、特殊なものだ。
私たちは誰も「ワープロを使う」「グラフィックソフトを使う」ためにコンピュータに接するわけではない。
やりたいことは、文章を書いたり、給を描いたりすることであって、道具そのものはあくまでも手段にすぎない。
ところが、いまのコンピュータは多くの人に道具への習熟を求めすぎ、誰もが気軽に使える道具にはなっていないのではないか。
コンピュータの情報処理能力は、凄まじいスピードで進化をとげてきたが、インターフェイスに関するかぎり、まだまだ未熟な段階にとどまっているといえるだろう。
近い将来、私たちを取り巻く生活環境にはいま以上に多くのマイクロチップが埋め込まれた情報家電やその他のハードウエアが浸透し、おそらくそれらの大部分はネットワークにつながり、分散協調的に動くようになる。
いわゆる「ユビキタス(どこにでもある)・メディア」の時代の到来だ。
ちょっと想像してみてほしい。
家の壁面やテーブル、照明器具などといったインテリアがすべてコンピュータのインターフェイスと同化したら?
そうした「見えないコンピュータ」に囲まれる環境になった時にも、いまのパソコンと同じようにマウスやキーボードを使って情報をあつかっているだろうか?
子どもからお年寄りまで、多くの人がいま以上にデジタルな情報と接しながら日々の生活を送るようになる時代が目前に迫っているのに、未熟な(=使いにくい)インターフェイスに慣れることだけを強制するのが「情報リテラシー教育」だととらえている風潮さえ、いまだにある。
話がそれたが、ともあれ、GUIに代わる新しい情報のインターフェイスがいま求められていることは間違いないのではないか、と思う。
では、「ポストGUI」というべきインターフェイス・デザインの方向性とは一体どんなものだろうか?簡単にいってしまえば、それはいままでディスプレイのなかに囲い込まれていたデジタル情報と、私たちの「からだ」があるフィジカルな(物理的な)世界とのあいだにある大きな隔たりに橋をかけるようなやり方だといえよう。
フィジカルな世界には膨大な情報があふれており、それらはたいていの場合、さまざまなモノの形をとって存在している。
我々はそれらモノ化した情報に対して、「からだ」を明使ってさまざまなスタイルで接している。
たとえば、夕飯の献立を考える時には、冷蔵庫の扉を開けてなかに何があるのかを確かめる。
これも情報に接するスタイルのひとつだろう。
外出する時、傘をもっていくかどうかは窓から空模様を眺めて決めるだろうし、もし雨が降っているようだったら、それは屋根をうつ雨音などでも知ることができる。
こうした、何気ない振る舞いは、どれも私たちが積極的に「からだ」を動かしたり、五感を使うことによって成し遂げられている。
デジタル情報に対しても、そんな人間がもっているごく自然な振る舞いでもって接することはできないだろうか?これから取り上げる新しいインターフェイス・デザインの提案は、そんな方向性を模索している。
デジタル情報を物理空間のなかで一種の「モノ」のようにあつかえるようにしたり、人間のからだの動きをコンピュータが理解できるようにすることで、マウスやキーボードのような「特殊」な作法を強制することなしに、使いやすくわかりやすいインターフェイスを実現しようというのだ。
デジタル情報を「つまみ上げる」では、「ポストGUI」を目指す新しい情報のインターフェイスの研究を、いくつか見ていくことにしよう。
タサイエンス研究所(CSL)の暦本純一さんの研究テーマは、まさにこうした新しいインターフェイスの提案だ。

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